篠楽研の和田です。
復刻作業を始めてから3年目の祭りで、ようやく地元の方々の生演奏で篠笛・太鼓・鉦が揃いました。
本来の囃子の姿。 当たり前の姿、と言ったほうがいいかもしれません。
その時、現場にいた方々は、特別な言葉を残しませんでした。 祭り囃子としては、ごく当たり前の光景だから。 私もそう思います。 当たり前であることが、いちばん大事なのです。
新しいものを作ったわけでもなく、復活させたという誇示でもなく。 ただ、もとの姿に戻った、というだけ。
でも、3年間の準備があってこその「当たり前」でした。 過去の音源を聴き直し、運指譜を作り、動画を撮り、笛を揃え、練習を重ねる。 そのすべてが積み重なって、あの当たり前の風景が戻ってきました。
地域文化というのは、こういう積み重ねの先にしか残らないものだと思います。